2007年06月

暗闇の虎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

1982年4月の蔵前国技館でデビュー。その正体はイギリス中量級で最強を謳われたローラーボール・マーク・ロコ(マーク・ロッコとも)。初代タイガーマスクである佐山聡のイギリス修行時代のライバルでもあった。得意技はツームストーン・パイルドライバー。無尽蔵のスタミナと巧みな試合作りで佐山タイガーを苦しめた。第6代WWF(現WWE)ジュニアヘビー級チャンピオン。佐山タイガーがジャーマンスープレックス狙いでバックをとったところ、足で急所を蹴り上げる反則技を使い封じている。

☆☆☆☆☆

初代タイガーマスクにとってダイナマイト・キッド、小林邦明と並ぶ3大ライバルの1人ブラック・タイガーです。
タイガーマスクは現在4代目ですが、ブラック・タイガーの方も4代目までが登場しました。
初代タイガーのライバルが初代ブラックで4代目タイガーのライバルとして登場したのが4代目ブラックですが、2代目と3代目のタイガーとブラックはリンクしてません。
子供の頃はゴールデンタイムのプロレス中継で、次のシリーズに襲来する外国人レスラーを番組の後半でBGMとアナウンサーのコメント付で紹介していましたが、この初代ブラック・タイガーが来日する前の紹介VTRではタイガーマスクをネガフイルムのように反転させた映像を使ってました。
もともとヨーロッパで活躍していたマーク・ロコに黒い虎のマスクを被せ、タイガーのライバルとして新日が作ったキャラですからVTRがないのは当然です。
でも子供心に、それを見て、また正体不明のマスクマンがやってくるんだと単純にわくわくしていたように思います。
2代目と3代目は、それぞれ別のデザインでしたが、4代目は初代のデザインそのものや近いマスクを被っていましたが、様々な事情があったんでしょう、現在は姿を消してしまいました。
中身の選手は某団体によく参戦しているとか。



  

  

ミル・カラス

さてさて、またブログ更新サボってました。
トップ画像をいじってみたりしてはいたんですけどね。

今回のマスクはシエン・カラスの時にも書きましたが前名のミル・カラスです。
シエン・カラスとデザインは基本的に変わらないんですが、横に顔のような物が付いてます。
それから、こういう色使いの発想は日本人には出来ないんだろうなと思います。
まるで熱いところにいるオウムみたいです。
あっ、そうか!
メキシコも暑い所ですから、カラフルなオウムを見慣れてるかもしれないですね。
だから、こういうカラーリングも思いつくのかも。
やっぱり、プロレスもマスクも文化だなぁと思う次第であります。

ミル・カラス 01-斜め
ミル・カラス 01-正面
ミル・カラス 01-右
ミル・カラス 01-左

武藤と高田がハッスルマニアで化身対決へ

6月13日9時49分配信 日刊スポーツ

 伝説の武藤敬司(44)−高田延彦(45)戦が、姿を変えて再現される可能性が浮上した。ハッスルエンターテインメントの山口社長が12日、11月開催予定のハッスルマニアで、武藤の化身グレート・ムタと、高田の友人・高田総統の化身ザ・エスペランサーとの対戦を計画していることを明かした。武藤も前向きで、ハッスル・エイド(17日、さいたまスーパーアリーナ)でRGと組み、インリン様、TAJIRI組と対戦するムタの動向が注目される。
 かつて「世紀の一戦」と呼ばれた黄金カードが、プロレス人気復活の切り札として、実現へ動き始めた。95、96年の2度のシングル対決で、計13万人以上の観衆を集めた武藤−高田戦。今回のムタのハッスル初参戦で、ムタ−エスペランサーの、化身対決を望む声が高まってきた。山口社長は「ファンが待ち望んでいた夢対決を、ハッスルマニアでやりたい」と明言した。
 これを受けたムタの代理人武藤は、まんざらでもない様子だった。「あの2試合はオレのキャリアの中でも特別。日刊スポーツには表裏の1面を使って載ったし、うれしかったな」と笑って答えた。さらに「化身対決? こっちは20年以上やってきた。1年程度のあちらと経験が違う」と、早くも対抗心を見せていた。
 武藤&ムタはこれまでもハッスルへの参戦を熱望されていた。武藤は「全日本でしか武藤は見られないという希少価値をつくりたかった。でもハッスルの元となったWRESTLE−1にはオレも立ち会ったし、協力すべきと思い始めた。賛否両論あるだろうが、まずは1度出てみないとな。吸収すべきところもある」と参戦の理由を話した。
 今回のハッスル・エイドで、強烈な印象を与える準備は万全だ。ムタにとってインリン様は初の女性との対決となるが「あそこに毒霧をかけてやる。しかも特殊なにおい消しの毒霧を」と、ノリノリでセクハラ攻撃を予告。ファンから継続参戦の声が上がると確信している。
 高田総統の参謀インリン様に勝てば、ムタ征伐のためエスペランサーが登場するのは自然な流れ。11年10カ月ぶりの“再戦”が、現実味を帯びてきた。

☆☆☆

IGF関係やハッスルにクロマティ参戦など、書こうかなと思ったネタが無かった訳ではないのですが、どうも今ひとつだったんですよね。
しかーし、ムタvsエスペランサーについては書かなきゃあかんやろ!という感じです。
私の人生においてプロレスで1番熱くなったのは、もちろん初代タイガーの時代。
で2番目は何か?と考えた結果、あの長州ー高田の電話対談で劇的に決まった新日vsUインターの対抗戦時代かもしれません。
当時の新日は闘魂三銃士がバリバリのトップでIWGPヘビー級王者は武藤。
かたやUインターは高田が一部で最強説のあった北尾やベイダー、ボクサーのバービックなどを次々と撃破。
「最強」を謳い文句に一世を風靡していました。
で急転直下の東京ドーム決戦!
メインはIWGPをかけてのトップ同士の戦い、武藤vs高田でした。
私は初代タイガー以来の新日派でしたから、もちろん武藤を応援していましたが、アメリカナイズされたファイト・スタイル故、どちらが強いかと聞かれれば、やっぱり高田だろうなと思っていました。
しかーし、ドラゴン・スクリューで高田の膝を痛めつけ、足4の字固めをがっちりと決め武藤の勝ち!!
思えば、この時、4の字固めは必殺技として蘇ったのです。
今でもドラスクからの4の字は武藤の代表的なムーブですね。

そうそう、この日、200%男こと安生と対戦後の長州が「キレてないですよ」と今ではすっかり小力ネタと化したコメントを言ったんですよね。

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この後、再戦でベルトは高田に移り、なんとか新日に至宝を取り戻そうと王者・高田の刺客として選ばれたのが三銃士の中では強さの象徴であった、今は亡き破壊王・橋本真也でした。
東京ドームで行われたIWGPヘビー級戦、高田vs橋本を私は生観戦しました。
最後は橋本の必殺技、垂直落下式DDTで見事、ベルトは新日に返ってきました。
大熱狂したのを覚えています。
この日、たしか武藤は化身・ムタで、これまた新崎人生の化身であるハクシと対戦していたと思います。

ムタvsエスペランサーは武藤vs高田を知る者としては期待半分、不安半分ってところです。
もの凄くスイングした良い試合になるか、全くのつまらない試合になるか、どちらかのような気がしてなりません。
感情を出せないキャラクター対決というところが最大の不安ですよ。
まだ対戦が決まった訳ではありませんけどね。

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リニューアル


タイトルを「Mask Maniaへの道!!」に変えました。
目指せマスク・マニア!といった感じです。
リニューアルに合わせ、プロフィール画像も変更しました。
今後の虎マスクの枚数に応じて画像が変わっていくかも!?

マスクド・ハリケーン

ボビー・リー
1950年生まれ 1973年デビュー 172cm/82kg
1978年にエル・サントに敗れ素顔に。
1981年にはマスクド・ハリケーンとしてLEEの文字を取っただけの同じデザインのマスクで来日。
初代タイガーマスクと敗者覆面剥ぎマッチに敗れ、日本でもマスクを剥がされました。
このマスクマンを見ると小学生の頃、少年サンデーに連載されていた「プロレス スーパースター列伝」を思い出しますね。
試合後、タイガーが「約束だからな、ボビー」とか言っちゃうんですよねぇ!
このマンガがウソだらけなのは今になってみれば、わかりますが、当時は全部ホントのことだと思って夢中で読んでましたよ!
いい時代でした(笑)
そういえば最近、新日の別ブランドであるレッスルランドに正体バレバレの魔界マスクド・ハリケーンが登場しましたね。

そうそう、毎回このブログ書くのに一応、色々と調べるんですが、いつも悩むのがタイトルをどうするかなんですよ。
例えばスタン・ハンセンなら不沈艦、ハルク・ホーガンなら超人のように、ぴったりのニックネームがあれば、それをタイトルにしようと思っている訳ですが、某メキシコのサイトのボビー・リーのニックネーム見たら「The Green Maskman」日本語では緑仮面ですよ!
他になんかねぇのかよ!と思わず、つっこんじゃいました^_^;
なので今回は日本での別名マスクド・ハリケーンにした次第であります。



  

  

エル・パンテーラ

1964年生まれ1984年デビュー 171cm/85kg
2006年に12人参加の敗者覆面剥ぎ金網戦でミステリオッソII に敗れ素顔になっています。
この選手もマスク職人で有名ですね。
また息子(?)もパンテーラJr.としてデビューしています。
マスクの方は日本の初代タイガー登場以来、メキシコでも多くなっている、なんちゃってタイガーマスク系でミステリオやウルティモ・ドラゴン、スペル・デルフィンなどが使っている後頭部に紐のないスッポリ被ってアゴの紐を結ぶタイプ。



  

  


余談ですが明日、私が1番欲しいマスク入手のため、動こうと思います。
私にとっては夢のマスク!
手元に届いたことを考えるだけでドキドキ、わくわくヽ(´∇`)ノ
以前も書いたと思いますが、マスクって興味のない人には、ただの布切れでしかありませんが、私にとっては夢が沢山つまった宝物です!

藤波が猪木と“再タッグ”!IGF参戦へ

藤波が猪木と“再タッグ”!IGF参戦へ
6月2日9時56分配信 日刊スポーツ

 アントニオ猪木(64)が率いるイノキゲノムフェデレーション(IGF)に藤波辰爾(53=無我ワールド)が参戦する可能性が浮上した。猪木が1日、都内のホテルで藤波と約1年半ぶりに会談。IGF設立の経緯を説明し、現在のプロレス界を活気づけたいという考えで一致した。藤波から協力に前向きな言葉をもらい、今後の交渉次第では1972年(昭和47)に新日本を旗揚げした師弟コンビが復活する。
 昭和のプロレスをわかせた2人が、再び手を組んだ。レスナー対アングルのカードを発表した猪木が突然、かつての愛弟子の名前を口にした。
 猪木「先ほど藤波が来て、この業界の閉塞(へいそく)状態を打ち破りたいという話をした。藤波からも『何かできることがあれば言ってください』と言われた」
 04年に藤波が猪木に新日本社長の座を追われて以来、両雄は疎遠になったと伝えられていた。だが師弟の強い絆(きずな)は切れてはいなかった。IGFが藤波に会談を申し入れ、この日、約1年半前に新幹線ですれ違って以来の顔合わせが実現した。
 藤波「同じ業界にいる者として一致する部分もあった。今日はオファーなどはなく、これから考える」
 72年の新日本旗揚げでは、テレビ中継もない中、ともに支援者を回って入場券を売り歩いた。そんな昔話をしながら、プロレス界の現状をともに憂えた。「別れ際に猪木さんから『近いうちに飯でも食おう』と言われたが、それが実現して話し合いが続けば…」と、藤波は前向きな姿勢を見せた。
 猪木は6月29日の旗揚げ戦(両国国技館)への藤波の参戦には「藤波も一国一城の主だし、すぐにはないだろう」と相手の立場を思いやった。だが、IGF関係者は「無我からの提供試合や選手派遣の可能性はあると思っています。藤波さんに戦いたいと思っていただければ、出場もあります」と期待を寄せる。
 3月の旗揚げ宣言以来、選手確保に苦闘していたIGF。それだけに「表立って手を挙げる人がいなかった中、ありがたいと思っています」と猪木は素直に喜んだ。そして「好き嫌いやスタイルはさておき、メシが食えないんじゃしょうがないだろ」と、再び団体の壁を越えた協力を呼びかけた。プロレス復興へ、かつての黄金タッグが力を合わせる。

☆☆☆☆☆

ずいぶんとブログの更新サボりました。
書きたいネタがなかったり、今のペースでマスク画像UPしていると、10年もつ画像が3年しかもたない(ウソ、そんなにありません)と思い、更新しませんでした。
ついついマスクを通じて知り合った方々とメールで盛り上がってしまい、更新してなかったという話しもありますが。

さて、猪木IGF、ここに来てずいぶんと具体性を増してきました。
レスナーvsアングルも正式決定したようですね。
こうなると宙に浮いたジョシュが数年前のG1で川田に出場枠を取られ、ヘソ曲げたことが思い出されますが大丈夫でしょうか?
まさか、ここに来ての猪木・藤波合体は驚きです。
嬉しさもあるんですけどね。
'88年8月8日、横浜文化体育館の猪木vs藤波の60分フルタイム・ドローを生観戦したことを思い出しました。
試合後、猪木を肩車したのが長州で、藤波を肩車したのが越中でしたね。
肩車上の猪木と藤波の健闘を称え合っての握手は忘れられない名シーンの1つです。
たしか実況の古館アナが「猪木が泣いているーっ!」ってフレーズがありましたよね。

Never Say Never 絶対ないとは絶対言えない のプロレス界
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