2007年09月

クロネコ

ブラック・キャットブラック・キャット マスクブラック・キャット
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ブラック・キャット(Black Cat)のリングネームでの活動で最も知られたマル・ビクトル・マヌエル(Mar Victor Manuel、1954年10月17日 - 2006年1月28日)はメキシコのプロレスラー、レフェリーである。メキシコシティ出身。プロレスラー、およびレフェリーとしての最終所属は新日本プロレス。愛称は「ネコちゃん」。

経歴
1977年メキシコにてプロレスデビュー。デビュー当時のリングネームはクロネコ(Kuroneko)であった。
メキシコの団体を中心に活動していたが、1981年にプロレス留学目的で新日本プロレスに登場する。日本でのデビュー戦は4月21日の小山ゆうえんちにて行われたタッグマッチであった(パートナー:星野勘太郎 対戦者:木戸修・永源遥組)。
以降新日本のリングをレスラー活動の中心の場としていくことになる。晩年まで用いたリングネームのブラック・キャットは日本に来てから用い始めたもので、メキシコで名乗っていた日本語に由来するリングネームを英語読みにしたものである。リングネームはブラックキャットだが、試合表のパンフレットには「クロネコ」と書かれていた。
新日本に所属している間も提携団体を中心に海外マットへも参戦し、1994年2月から6月の間はAAAでルードとして活動し、1998年1月にはWCWへ登場している。また、新日本の台湾遠征の際には、「老虎(タイガーマスク)」としてファイトしたこともある。
2000年頃から体の故障が多くなる。リハビリの間にアメリカにて栄養科学とボディビルの資格を取得。以降指導者にポジションを変えていくことになる。2003年1月からはレフェリーに転向。新日本のマットでレフェリングを行っていた。
2006年1月28日午前3時、急性心不全により死去。享年51であった。

得意技
メキシカンストレッチ
変形DDT
セントーン
キン肉バスター

今回は故・ブラックキャット選手がWCWから帰国後に被っていたマスクです。
私の所有している白ベースを被った画像は見つからなかったので黒ベースのを貼りましたが、昨年、新日でネコさんの一周忌興行が行われた際、金本が追悼の意を込めてご家族から借りて被ったのは白ベースでした。
この選手もヤングライオンの壁として前座戦線を盛り上げてくれた名脇役でした。
なにより、この人がいなければ新日とメキシコのルートはスムーズにいってなかったかもしれません。
マスクマン好きの私にとっては華やかなリング上でではなく、陰の存在として日本とメキシコの架け橋となってくれた感謝すべき選手だと思います。



  

  

急降下爆撃機二世

ストゥーカストゥーカJr.ストゥーカJr. 1978年生まれ 175cm/87kg

今回のマスクはCMLLの中堅どころで活躍中のストゥーカJr.です。
1枚目の画像は先代ストゥーカ、といってもJr.の父ではなくお兄さんです。
ストゥーカJr.が生まれた年にはデビューしていますから、かなり年の離れた兄弟ですね。
このストゥーカJr.たまに動画を見ると結構いい動きします。
エプロンで側転してからのケプラーダを動画サイトで偶然発見しちゃいました。


この動画をMyTubeで見る

さてこのストゥーカJr.ですが、マスクを集め始めた当時から、その存在は知っていました。
でも特別、何とも思っていなかったんですよ。
それがある日、突然このデザインのダサカッコ良さに惹かれ無性にマスクが欲しくなりました。
何故ストゥーカJr.が急に欲しくなったのか自分でも全然わからなかったんですけど、つい最近、答えが出ました。
ヘビーなマスクマニアは必ず持っているといわれている(ホントかよ?)今から8年前の平成11年に発売された「ゴング・マスク・コレクション」をパラパラと見ていると、後半に「来日マスクマン列伝」というページがあります。
そこに平成5年(1993年)来日のピロト・スイシーダという選手の写真が!

ピロト・スイシーダ

この画像、実はピロト・スイシーダという選手が何人かいまして、はたして平成5年にみちのくプロレスに来日した選手と同一人物なのかどうか、わからないのですが、どうですか?マスクのデザイン、ストゥーカJr.と似てますよね?
このピロト・スイシーダをゴング・マスク・コレクションで見つけた時「いたいた!そういえばみちプロに来たなぁ」なんて記憶の片隅にあったものが、いきなり引っ張り出された感じだったのですが、ストゥーカJr.のマスクデザインに猛烈に惹かれた理由の原点がこのピロト・スイシーダにあったのではないかと思ったのです。
でも、このピロト・スイシーダという選手の詳細は全くわかりませんし、動いているところを見たこともありません(笑)
単純にマスクのデザインがインパクト大だったんでしょう。
もともとミスティコもシベルネティコもマスクのデザインが好きで、そこから選手自体も好きになっていったのですが、ミスティコ・シベルネティコ両選手はCMLL・AAAを代表するスペル・エストレージャじゃないですか。
なのでマスク購入の決断もすんなりだったのですが、ストゥーカJr.は最初に書いたようにCMLLの中堅どころ。
決して安くはないマスクの購入は正直ちょっと躊躇しましたよ。

それからストゥーカJr.を知るにつけ、思いのほか結構いい体つきをしてんだなぁと思いました。
なんとなくですけど、AAAはシベルのようなボディビルダー系の見せる身体、一方のCMLLはワグナーJr.、ゲレーロ、そして今回のストゥーカJr.のように、一昔前の来日ガイジンで言うとスティーブ・ウイリアムスの小型版みたいにナチュラルな岩のような身体の選手が多い気がします。
以前のワグナーJr.のように定期的に日本に来日したら、もっともっと本国メキシコでも活躍するような気がしてます。
どうでしょう?どなたか日本の団体関係者の方、このストゥーカJr.を招聘してみません?
きっと大化けしますよ!この選手は!



  

  

究極龍

ウルティモ・ドラゴンザ・タイガー(2代目)ウルティモ・ドラゴン
本名 浅井嘉浩 1966年12月12日生まれ 愛知県名古屋市出身 173cm/87kg 87年5月13日、メキシコでデビュー。90年3月に帰国し、ユニバーサル・プロのエースとして活躍。91年10月、メキシコEMLLでU・ドラゴンに変身。SWSを経て、92年7月、ARに参加。同年11月、第20代IWGPジュニア王座に輝き、96年10月には第2代ジュニア8冠王者に君臨した。97年5月、闘龍門を旗揚げ。03年5月より念願のWWE進出を果たした。

日本とアメリカを股にかけ、大活躍した日本人レスラーは最近では武藤敬司=グレート・ムタなどわりと沢山いますが、日本・アメリカ・メキシコと3カ国でメジャー団体でこれだけの活躍をした日本人は、このウルティモだけではないでしょうか?
御存知のようにアメリカではラ・ケプラーダをウルティモの本名にちなみアサイ・ムーンサルトと呼びます。
WWEでは脇固めをフジワラ・アームブリーカーと延髄斬りはそのままエンズイギリと呼んでますね。
日米墨だけでなく最近はカナダ・イタリアでも精力的に活躍中。
思えば、この選手も新日道場に入るものの、身長が低いことから日本ではデビュー出来ずメキシコ行き、またWCW時代には左肘関節の手術に失敗して神経の一部を切り、一度は選手生活を断念したりと何度も挫折を乗り越えています。
この負傷がなく充実した選手生活を送っていれば、その後、日本マットにかなりの出来る選手を輩出したプロレス学校・闘龍門を立ち上げていたかどうかわかりません。
まさにピンチをチャンスに変えるウルティモのというか、人間・浅井嘉浩の精神力って凄いなぁと、このブログを書くために色々と調べて、改めて思った次第です。

それからこの人、私と同じで大の初代タイガー好きなんでしょうね。
SWS移籍時など何度かタイガーマスクへの変身を試みますが、様々な事情で変身出来ず、やっと数年前に日本ではU・ドラゴンのキャラ封印、2代目ザ・タイガーやタイガー・ドラゴンと名乗るものの、結局は元のウルティモ・ドラゴンに戻っています。
ハーフマスク好きの私にとってタイガー・ドラゴンは欲しいマスクの1枚です(^_^;)



  

  

Jr.の巨人

サムライ 旧サムライ 新エル・サムライ
本名 松田 納
180cm/92kg
1966年4月19日生 岩手県花巻市出身
1986年7月24日大船渡市体育館で対船木優治戦でデビュー

普段は新日ジュニアの名バイプレイヤーとして、でもやる時はやる、ノアの田上みたいな存在ですね。
少し前はサムライジムのストーリーを展開。
ジム生である田口が現在IWGPジュニアヘビー王者に君臨し、サムライ会長も鼻高々ではないでしょうか。

今回のマスクはメキシコに海外修行に行き、マスクマンに転向した当時の1番シンプルなタイプです。
現在は上に貼った右側の兜をイメージしたマスクを被っています。

個人的に、もの凄く残念なニュースが!
サムライ選手、右膝関節負傷により、しばらく試合を欠場することになりました(ToT)
私のここ1ヶ月あまりのお楽しみが消滅したみたいです(>ε<)
詳細は一応ブログ上、私は正体不明なので書きませんが、読んでわかってくれる人だけわかってくれればいいです。
はぁ~(´Д`)



  

  

619

ミステリオ-1 ミステリオ-2レイ・ミステリオJr.
1974年生まれ 1989年デビュー 1999年2月WCWでコナンと組みケビン・ナッシュ、スコット・ホール組に敗れ素顔に 162cm/74kg

今回はWWEの小さな巨人で現在、負傷欠場中のレイ・ミステリオです。
ただし、ご覧の通り現行のデザインではなく、リングネームに「Jr.」がついている当時の物です。
目の部分にはメッシュがあり、スッポリタイプですがアゴは紐で結ぶタイプになっています。
現行はアゴをマジックテープでとめるタイプを多用しているみたいですが、紐式もあるみたいですね。
セブンが私の所有しているマスクでおそらく1番大きいと書きましたが、反対にミステリオは1番小さいマスクでしょう。
どうもWWEのボス、ビンスは「Jr.」というのが嫌いなようですね。
私みたいな古いファンはビンスはビンスJr.だし、チャボはチャボJr.ですよ!

華麗なる空中技が見せ場のミステリオですが、どうしても大男揃いのWWEでは負傷が多くなっているような気がします。
以前に発売された雑誌「マスクマンワールド」によると現在のミステリオはマスクも試合用コスチュームの一部ととらえ、試合以外ではファンがいても素顔でいることに抵抗はないようです。
上に記した通り、WCWで1度マスクをとられ、しばらくは素顔でファイト、WWE移籍を機に再びマスクマンになっている関係だと思われますが、私はやっぱり神秘性がマスクマンには必要だと思っているので、こういうスタイルはあまり好みません。
日本のマスクマンだって皆、正体はバレバレの現在のプロレス界ですが…。
それからWWEのことに少し触れると、最近は薬物使用が疑われる選手の急死が多すぎます。
ハードなスケジュールも原因の1つかと思われますが。
日本でも大活躍した選手の突然の、そして早過ぎる訃報は悲しすぎます。
この方も最近、亡くなった「プロレスの神様」カール・ゴッチの言葉「ビックマン イズ ビッグシット!」が思い出されます。

レイ・ミステリオJr. 01-斜め
レイ・ミステリオJr. 01-正面
レイ・ミステリオJr. 01-右
レイ・ミステリオJr. 01-左
レイ・ミステリオJr. 01-後ろ
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