2007年10月

カト・クン・リー

ロス・ファンタスティコスカト・クン・リー クン・フー1946年生まれ 1965年デビュー
1986年イホ・デル・サントに破れ素顔に 167cm/91kg

今回のマスクは以前に紹介したクン・フー、ブラックマンとのトリオ、ロス・ファンタスティコスで東洋人キャラで活躍したカト・クン・リーです。
クン・フーの息子クンフー・Jr.は自身でマスクを作っていて親父さんのデザインはそのままに生地を最近の柄入りを使ってみたり、たぶん親父は使ってなかったと思われる金や銀のマスクを被ったりしているようです。
一方、カト・クン・リーの息子カト・クン・リーJr.も基本デザインや色はそのままで口閉じや後頭部のヒラヒラ(フリンジ)を付けているみたいですね。
時代とともにマスクも立体的になったりと複雑に進化していますが、カト・クン・リーのようにいたってシンプルなマスクも味わいがありますね。



  

  

西村、無我離脱! 全日本プロレスに電撃入団 無我の2文字は譲れないと西村 武藤は「自然の成り行き」

2007年10月19日 スポーツナビ

武藤 西村 征矢 全日本プロレスの武藤敬司社長は19日、都内・事務所で緊急会見を開き、無我ワールド・プロレスリングに所属していた西村修と征矢学の全日本プロレス入団を発表した。
 全日本代々木大会と無我後楽園大会から一夜明けた19日、3者が同席のもと緊急記者会見が行われ、西村と征矢の無我ワールド・プロレスリング退団と全日本プロレス入団という電撃的な発表が行われた。

 武藤は会見冒頭「このたび、西村と征矢の全日本プロレス入団が正式に決まりました」と静かに語りはじめ、続けて西村が「さまざまな人生の紆余曲折(うよきょくせつ)がありまして、本日、全日本プロレスに入団いたします。胃が、内臓が取れるぐらい考えました。自分の追及するプロレス、信念……それができる団体が全日本プロレスだった。今後は入団ということで100%この団体に力と愛を注いで活動していきたい」と、こちらも神妙な面持ちで口を開いた。



西村、藤波には「これから伝えます」

西村 征矢 西村は18日に行われた無我の後楽園大会に出場後、「何もありません」と言い残してコスチューム姿のまま後楽園を後に。無我恒例の全試合終了後の記念撮影にも西村の姿はなかった。そして西村は、その足で全日本プロレス代々木大会のセミファイナル後にリングへ乱入、武藤と握手を交わしていた。

 西村は無我ワールド退団かとの問いに「そうです」と答え、「(藤波辰爾には)これから伝えます。まぁ本当に事件というか……多分いろいろなうわさで藤波社長の耳には伝わっているとは思いますけど……征矢を連れたことも極秘で動きました。すべての責任は私にあります」と、無我の代表取締役である藤波には未だ報告していないことを明かした。今後さまざまな問題を巻き起こす可能性もあるが、「問題となるのは覚悟の上です。伝統と格式高いプロレスをやりたかった」と西村の決意は固い。

 無我ワールド退団に至った理由について「絶対的な試合数の少なさと、限界が私自身の中で見えた」と、今年8月には1回しか大会を開催できなかった同団体の活動部分で退団に思い至ったようだ。そして「最終的な決断は昨日」と、無我ワールド後楽園大会と全日本代々木大会が開催された18日に退団と入団を決意した。

 無我ワールドは06年1月に新日本プロレスを離脱した西村が中心となって創設した団体で、のちに同じく新日本を退団した藤波辰爾が合流して代表取締役社長を務め、同年8月に後楽園ホールで旗揚げ戦を行った。以後、西村は無我ワールドのエースとして同団体を引っ張ってきたが、旗揚げからわずか1年2カ月で離脱することとなった。


「プロとしてもっと試合がしたい。そして思想が全日本と一致した」(西村)

武藤 西村 1 いつごろから全日本プロレスへと考えるようになったのかには、「8月の時点で……無我ワールドが昨年8月に旗揚げしてから興行日数わずか月に1日というのもあって、プロとしてもっと試合がしたい。無我の思想なり哲学を披露する場が1カ月に1試合では、プロとしては失格なんじゃないかと……8月ぐらいから深く考えはじめた」と、8月には試合をしたい欲求とともに無我ワールド退団を考えはじめたようだ。

 さらに「上井ステーションをはじめ、2つ3つのインディー団体とハッスルさんにも出させてもらい、フリー宣言を近々しなければならないという考えに至った。しかし最終的に日本に腰を下ろすとなると、団体所属が一番いいのではと。そして団体に所属するのであれば、メジャーの団体・試合数もきちんとある・巡業で日本中を回っているというところは3つ4つに限られ、その中で自分の思想と一致し、そして100%の愛をもって共鳴できるところとなると全日本しかなかった」と語り、試合数が確保され思想も一致する全日本プロレス入団を決断した。

 これからも無我の2文字を背負っていくのかと問われると、「一番最初、95年に無我を立ち上げたのは藤波さんですけど、そのあとずっと新日本プロレスの中でもこの2文字を守ってきた自負が私にはあります。その2文字はどんなことがあっても譲れません」と述べ、無我ワールド退団以降も“無我”の2文字を背負っていくと力強く語った。


契約問題はクリアしていると武藤

西村 武藤  西村ら3人が同席した会見終了後、武藤は単独で取材陣の質問に応じ、西村と征矢の全日本プロレス入団について語った。まず「用意周到じゃないから非常に慌ただしい。畳み掛けるときはバババッていかないとっていう部分もあるから」と自身のプロレス哲学になぞらえ、事の経緯を語り始めた。

「(西村は)試合をやりたいと。結婚と一緒でさ、勢いがあるときにバババッてお互い来たからさ」と独特の言い回しで述べ、「17日にお互いの思想を確認してプロレス論を語り合った」と18日に開催された全日本プロレス代々木大会の前日に西村と直接会って意思を確認したという。

 さらに無我ワールドの代表取締役である藤波辰爾に話しが及ぶと「藤波さんには会っていない。西村に関しては全日本にとって必要な人材で。契約問題はクリアしている」と移籍に関して問題はないことをアピールした。また「恋愛と一緒で、どっちが言いだしっぺというのもない。目標・思想があっている者同士が話し合ったら、自然とくっついていくもの。自然の成り行き」と、入団に関してお互い相思相愛であることをうかがわせた。

「あそこまでの思想を持った逸材は、全日本から見れば非常にありがたい」と西村を評価し、「全日本プロレスは伝統もあるし、伝統の大切さを西村は常日頃から訴えている。進化もしなきゃいけないが、そういう部分で背中を見せていってくれるかな」と西村の今後の活躍に期待していた。


武藤「これだからプロレスはおもしれぇよ!」

武藤 
 西村に追従する形となった征矢は「いろいろと悩んだが、最終的には西村さんに付いていこうと自分で決めました」と語り、会見後も武藤とともに質疑応答に列席し「今この時期、試合の経験を積むことが大事だと思っていて、その部分で悩んでいた。そこで全日本にお世話になろうと決めました」と、改めて悩んだ末の決断だったことを明かした。

 武藤は征矢に関して「正直、試合を見たことはない。全日本の道場でまた一から。若いし今からだし、もしかしたら未来の全日本プロレスを担ってくれる可能性もあるわけで。こういう金の卵は西村同様、全日本として大いに歓迎します。ライバルもいっぱいいるから、そこで揉まれてがんばってほしい」と今後の飛躍を望んだ。

 なお、武藤は11月23日に開幕する「世界最強タッグ決定リーグ戦」から西村を出場させると明言した。

 質疑応答が終わり、退席する際には「これだからプロレスはおもしれぇよ!」と笑みを浮かべた武藤。あまりに突然の西村らの無我退団と全日本プロレス正式入団――。西村が起こした波紋は、今後どのように波及していくのか。そして西村と征矢という人材を得て、全日本プロレスは新たな局面に突入する。

☆☆☆

ここにきてプロレス界が混沌としてきました。
精神的支柱である藤波を中心に確固たる思想を持ち立ち上げられた無我で藤波と並び、象徴であった西村の退団はホントに驚きました。

それから、あまり報道されていませんが、あの「お騒がせ男」ケンドー・カシンが永田似の東金デストロイヤーを伴ってIGF事務所を訪れたとか。
TNA勢の参戦をIGFも新日も発表していますが、水面下で両団体の交渉が行われているんでしょうか?
新日1・4東京ドーム大会でアングルの持つ3代目IWGPヘビーのベルト奪還を目指すのは、11・11両国大会、棚橋vs後藤の勝者だと思っていましたが、その前にIGFで永田が絡んでいくんでしょうか?

中嶋勝彦vsシルバー・キングマスク好きとしては全日にシルバー・キングが定着するようですし、CMLLを離脱か!?なんて言われている実兄・ワグナーの行方も気になります。
シルバー・キングは、ご覧のようにワグナーのアギラを被った時のコスチュームを着てますし、ひょっとしてワグナーも全日参戦!てなことになったら嬉しいです。

ムシキング・テリーもう1つマスクマンネタとしてはNOAHのムシキング・テリーが鈴木鼓太郎の必殺技ブルー・ディスティニーで金丸を前哨戦で撃破なんてのも気になりますね。

男の中の色男だよね!?

獅龍メキシコ・アミーゴス獅龍
本名 林和広 1973年生まれ 1992年ユニバーサルブロレスでデビュー 175cm/86kg



現在は何故か偽メキシカンのミゲル・ハヤシJrとしてペペ・みちのく&エル・ノサワ・メンドーサとメキシコ・アミーゴスを結成し、MAZADAが連れてくる怪しいニッポン人YAMADA、TANAKA、AKIYOSHIと、どっかで聞いたことのある名前のサムライ・ジャパン(マスク被れば結構、有名人)と抗争中ですね。
とりあえず、この展開はTAKAYAMAという偽ニッポン人が登場するまでは続くんでしょうね、たぶん(笑)

上に貼ったマスクは初期の物ですが、紹介するマスクはディック東郷、MEN'Sテイオー、TAKAみちのく、船木勝一(現:フナキ)とユニット「海援隊★DX」でザ・グレート・サスケ、スペル・デルフィンら正規軍と渡り合っていた頃のデザインです。
ちなみにこの海援隊★DXには、さらに中島半蔵(現:HANZO)、スーパー・ボーイらも加わりました。



  

  


サングレ・チカナ

サングレ・チカナサングレ・チカナ 素顔1951年生まれ 1973年デビュー 1974年に前名レムスでカネックに破れ素顔に その後、サングレ・チカナとなるが1977年フィッシュマンに破れ再び素顔に 175cm/96kg

このサングレ・チカナのデザイン、何故かマッハ隼人も全日に上がっていた頃、被ってましたね。
チカナと隼人が親友だったという説もあるようですが、アルファ・センタウリスのマスクも被ったりしてて謎です。
自分のマスクをオーダーするんじゃなくて既製品で済ましたということなんでしょうか?
おっと今回の主役は隼人ではなくチカナでしたね。
でも私が語れるようなネタはないんですよね。
すみませんm(__)m



  

  
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