ブラック・タイガー(2代目)エディ・ゲレロブラック・タイガー(2代目)=エディ・ゲレロ 174cm/100kg 1960年生まれ アメリカ テキサス州エルパソ出身
ゴリー・ゲレロの4男。レスラーでもある実兄チャボ、アーマンド、ヘクターの3人からレスリングの基礎を学ぶ。
'87年シウダ・ファレスとしてデビュー。
その後EMLLと契約。
マスクマン初代マスカラ・マヒカとして活躍。
'92年4月、新日プロに初来日。
'93年9月より2代目ブラック・タイガーに変身し、'96年6月の BEST OF THE SUPER Jr. III に出場し初優勝を飾る。
'94年に米国に進出し、'95年9月よりWCWに参戦。
USヘビー級王座を獲得し、WCW世界クルーザー級王座に2度君臨した。
2000年1月にWWFへ移籍し、同年4月にはWWFヨーロピアン王座を奪取している。
2002年3月シリーズに3年半ぶりにT2000ジュニアの強力な戦力として新日マットに参戦。
WWEと再契約。
WWEタッグ王座が新設されると、チャボ・ゲレロ・ジュニアとロス・ゲレロスを結成。
カート・アングル&ベノワ、エッジ&ミスレリオ、その後はシェルトン・ベンジャミン&チャーリー・ハースと王座を巡り抗争を繰り広げる。
また、チームのキャッチコピーが「ズルして、ダマして、盗み取れ (Lie Cheat Steal)」と設定されてコミカルな試合も行えるようになり、チャボと共にずる賢いファイトスタイルで人気を上げていくこととなった。ロス・ゲレロス時代の途中にチャボが怪我で離脱した際は、TAJIRIとコンビを組む。
このタッグの際に、入場時に毎回違ったローライダー(会場の客の物を盗んだ物と言われている)に乗って登場し、ハイドロ(ここでは車体を油圧により上げ下げする事)で観客を沸かせるようになる。
TAJIRIとのタッグ解散後、復活したUS王座戦線に加わり、見事初代王者となった。
2004年1月、タッグ王座陥落後にロス・ゲレロスの活動は仲間割れによって終了し、エディはシングルプレーヤーに転向する。
タッグ解散後チャボ・ゲレロ・ジュニアと抗争してた際には兄のチャボ・ゲレロもWWEに登場した。
ロイヤルランブルでのチャボとの試合を制したあと、WWE王座挑戦権を賭けたバトルロイヤルで優勝、ノー・ウェイ・アウト2004で当時のWWE王者であったブロック・レスナーに挑戦し勝利、史上初のメキシコ系&史上最も小柄なWWE王者となった。
レッスルマニア20ではアングルを相手に防衛に成功、またベノワも世界ヘビー級王者となり、二人が泣きながら抱き合ったシーンは多くのファンを感動させた。
2005年11月13日(現地時間)、心臓発作で急去。
ルチャ技、空中殺法など滑らかでスピード感溢れるレスリングを得意とした。


WWE時代のエディのキャラが大好きでした。
アングルとの試合でアンクル・ロックを仕掛けられたエディが緩めてあったシューズを脱ぎ、見事に脱出成功なんてシーンは最高でした。
ズルしてるけれど、どこか憎めないエディの人柄がよく出ていたキャラだったように思います。

ところが何故かブラック・タイガーとして、またエディ・ゲレロとして新日参戦していた頃の印象があまりないんです。
そこで、ムタvsライガーで好評だった動画の発掘をしてみました。
今回は1994年4月に新日で行われたSuper J cup 1st. stageの模様です。
この大会でのライガー戦をきっかけにハヤブサが大ブレイクしたんですよね。

まずは豪華出場選手の紹介です。



そして1回戦で当たったTAKAみちのくとの試合です。
両者とも、この後しばらくしてWWF(E)に所属します。





WWE時代と違ってフロッグ・スプラッシュをつなぎに、スイングDDTをフィニッシュに使っています。
この試合では出ませんが、BTポムなんていうのもありました。
この辺の日米での技の使い方の違いというのは、ホーガンのレッグ・ドロップ(ギロチン・ドロップ)とアックス・ポンバーの関係と同じでしょうね。
より説得力の高い技を日本ではフィニッシュに持ってくるという。
しかし、エディの活躍によりフライング・ボディプレスが復権、現在では棚橋がハイフライ・フロー、外道がスーパー・フライとしてフィニッシュに使ってます。